経営戦略を考える場合に、どのような思考法で核心に迫っていくべきか、という話をします。これは、経営学の重鎮、一橋大学名誉教授の沼上幹氏が提唱する3つに分類された考え方です。3つの考え方とは、「カテゴリー適用法」「要因列挙法」「メカニズム解明法」です。本文では、それぞれの思考法の説明と、メリットやデメリットについて解説します。

カテゴリー適用法とは

カテゴリー適用法とは、「スズメはなぜ飛べるのか?」という問いに対して「スズメは鳥だから」と答えるような単純な思考法です。つまり、鳥は飛べる、スズメは鳥だから飛べる、という論理です。

カテゴリー思考法の良い所

カテゴリー適用法のメリットは、そのわかりやすさにあります。短時間でメッセージを伝える場合に非常に有効です。

沼上氏も、カテゴリー適用法は思考法というよりも発想法であり、コミュニケーションの手段として有用であると述べています。原因を仮説として考えるための最初のステップとして適しています。

この発想法は、次の「要因列挙法」にもつながります。

カテゴリー思考法の問題点

この思考法には多くの問題が含まれています。まず、鳥というカテゴリーに属している=飛べる、というロジック自体に穴が存在することです。ニワトリやダチョウ、ペンギンは鳥というカテゴリーに属しているにも関わらず、飛ぶことはできません。つまり、なぜ飛べるのか?に答えていないのです。説明の論理としては不十分です。

さらに問題なのは、「スズメは鳥だから」と説明されたときに、なんとなくわかった気になってしまうことですす。これは、説明者も説明を受ける側もそうです。このような浅い思考法では論理を構築しているとは言えません。カテゴリー適用法による説明は、必ずしも間違っているとは言っていません。問題は、説明した(された)気になってしまうことです。

こんな浅い考え方はしてないよ、と思ったビジネスマンの方は多いと思います。しかし、今一度自分の思考を思い返し、このような思考に陥っていないかを見つめなおしてみてください。

「エヌビディアはなぜ儲かる?」「半導体企業だから」
「トヨタはなぜ最高益?」「輸出企業だから」
「キーエンスはなぜ高利益率?」「ファブレス企業だから」

実際のビジネスシーンでは、このような思考法による戦略志向が溢れています。例えば、少し前にタピオカミルクティー屋が大量に出店された時期がありました。今ではほとんど見かけなくなっています。「タピオカミルクティーは儲かる」というカテゴリー思考法によって練られた戦略で経営判断が下されたのかもしれません。沼上氏は著書の中で、クロネコヤマトが宅急便事業を始め、軌道に乗り始めた時に、「宅急便は儲かる」と判断した多くの事業者が、トラックに動物のマークを付けるという「動物戦争」が起きたことが、このカテゴリー適用法が横行しているひとつの証拠になるのではないか、と指摘しています。

この思考法を多用すると、ステレオタイプに囚われてしまい、自由な発想が阻害されます。説明を聞く側も「〇〇は××だから」というカテゴリー適用法のような説明を受けて「ああ、そうなんだ」と流されてはいけないのです。そのためには、この思考法を意識することが重要です。

要因列挙法とは

要因列挙法とは、その名の通りその事象が起きた要因を列挙して解に迫る方法です。カテゴリー適用法が一つのカテゴリーしか使用しなかったのに対して、多数の要因を列挙すれば「飛べない鳥」のような例外を排除できる可能性は高くなります。

要因列挙法の良い所

要因列挙法では、「〇〇だから××」のような単純な発想ではなく、広く万遍なく考え要因を列挙することで、しっかりと考えている、という安心感があり、多くのビジネスマンが採用する手法であると沼上氏は指摘しています。優れた日本企業の多くはこの要因列挙法で多数の要因をもれなくカバーし、それぞれの要因について競合他社と緻密に比較検討するという作業を実施しています。

例えば、キーエンスの高い営業利益営率を要因列挙法により比較した事例が下記です。

項目競合企業A競合企業Bキーエンス 自社 
営業の効率性
コンサルティング力
納品の早さ
商品開発力
商品価格

競合企業と比較して、自社は何が優れていて何が劣っているのか把握することはできます。

要因列挙法の問題点

要因列挙法の問題点としては、要因相互間の関係を読み解く際に、それぞれの行為者たちの相互作用が時とともに展開されていくメカニズムが意識されていないというところです。動的な分析ではなく、静的な分析にとどまっています。

この問題点を解決した思考法が次のメカニズム解明法です。

メカニズム解明法とは

要因間の因果関係を考え、そこに人間の意図や行為を意識した議論を盛り込んだ思考法がメカニズム解明法です。きちんとした思考で妥当な議論を展開するのはこのメカニズム解明法が適しています。

要因間の因果関係や相互関係を補完し、時間の流れとともに変わる人間の意図や行為を見出すためには、沼上氏はいつも「こびと」を思い浮かべることを指南しています。これは20代女性、というようなおおざっぱなセグメントではなく、20代女性百貨店アパレル店勤務、インスタのフォロワー1000人、日常の映え投稿、彼氏は外資系コンサル会社、趣味はヨガ、朝ごはんはフルーツのみ、水は1日2リットル接種…のようにありありとその人物像を思い描けるほどに頭の中に想像し、その「こびと」がどのような動きをするかを推測するということです。このようなリアルなこびとを頭の中で動かし、メカニズム解明法の精度を上ることができます。

キーエンスの高い営業利益率をメカニズム解明法によって思考した例が下記です。

(出所:筆者作成)

キーエンスの商品価格は原価に比して高いです。粗利率80%というのは、原価が2万円のものを10万円で売っているということです。それでもなぜ売れるのか?顧客からの高い信頼があるからです。キーエンスの営業部隊は常に広範囲に情報収集をしており、クライント企業の課題はもちろん、人事異動まで把握しています。「なぜそのタイミングでこんな適切な提案ができるのか」と企業は驚くようです。そして、自社の商品を導入すればこれだけコストが下がります、という綿密なシミュレーションを基にコンサルティング営業をしています。クライアントは、キーエンスの商品が高くても、購入すれば結果的に自社のコストが下がるので、購入するという意思決定まで進むことは容易です。そのようなコスト削減ができる商品の開発力は営業部隊の情報収集をベースとした優秀な開発陣による製品開発の賜物であり、実際に製造する協力会社と友好な関係を維持することで、即納を実現させています。

メカニズム解明法の問題点

この思考法の問題点としては、単純に思考の時間がかかることです。忙しいビジネスマンがこのように深い洞察に基づいた思考・分析をするためには、まとまった時間が必要になります。業務に追われる中でこの時間をとるのは勇気のいることでしょう。ですから、パッと思いついた要因を羅列し、比較分析する要因列挙法は好まれます。

もう一つの問題点は、精度の高いメカニズム思考法をできる人は多くない、ということです。この思考法は読みのセンスが求められます。時間的な要素を組み込むということは、外部環境の変化や行為者の相互作用も想像するということです。想像力も必要になります。

3つの思考法について

ここまで3つの戦略思考法について見てきました。深い洞察に基づいた分析をするには当然メカニズム解明法が適していますが、カテゴリー適用法や要因列挙法も、用法や場面では適しているケースもあります。

メカニズム解明法は自分にとっても重い作業だし、他人にとっても受け入れるのは少し重いです。雑談レベルではできません。

しかしながら、このメカニズム解明法を頭に入れておくことで、自分が今どれくらいの解像度で物事の事象を捉えられているのか、ということを把握できます。この効用も無視してはいけません。

一度じっくり腰を据えてメカニズム解明法を習得してみましょう。世の中の事象の見方が変わるはずです。

参考文献

経営戦略の思考法(著:沼上幹)
キーエンス解剖 最強企業のメカニズム(著:西岡杏)