経理担当者が辞めた。引き継ぎ資料はほとんどない。何から手をつければいいか分からない——この記事は、その状態から業務を止めずに立て直すための手順をまとめたものです。

いちばん怖いのは、慌てて目の前の入力から始めてしまうことです。経理には「遅れても取り返せるもの」と「期限を過ぎると罰金がかかるもの」があり、後者を先に押さえないと、あとで金銭的な損失が出ます。順番を間違えないことが、この局面ではいちばん重要です。

最初の1日でやること:止まると困るものへの「入口」を確保する

退職の連絡を受けたら、まずアクセス権です。人が抜けること自体より、その人しか入れない場所が残ることのほうが、あとで効いてきます。

  • ネットバンキング/ID・パスワード・電子証明書・ワンタイムパスワードの端末。担当者の個人端末に証明書が入っていないか
  • 会計ソフト/管理者権限を持っているのが誰か。担当者しか管理者でない場合は、退職前に権限を移す
  • e-Tax・eLTAX/利用者識別番号と暗証番号。ダイレクト納付の登録口座
  • 給与計算のソフト/従業員のマイナンバーや口座情報がどこにあるか
  • 請求書が届くメールアドレス/担当者の個人アドレス宛に届いていないか。ここは見落としが多い箇所です
  • クレジットカードの明細サイト/法人カードのWeb明細

とくに注意したいのが、請求書の届き先です。取引先が担当者の個人アドレスに直接送っていた場合、退職と同時に請求書が誰の目にも触れなくなります。支払漏れは、あとから督促が来るまで気づけません。

最初の1週間でやること:期限のあるものを、期限順に並べる

ここが本題です。経理の仕事には法定の期限があるものがあり、遅れると加算税・延滞税・延滞金がかかります。記帳が数か月遅れても罰金はありませんが、これらは違います。まずカレンダーに並べてください。

担当者が辞めた月に、必ず来るもの 記帳より先に、期限のあるものから押さえてください。 翌月 1日 10日 末日 源泉所得税 給与を支払った月の翌月10日 住民税(特別徴収) 徴収した月の翌月10日 社会保険料 当月分を翌月末日 取引先への支払 各社の支払期日。日は会社ごとに違います 給与の支給 就業規則で定めた支給日 記帳・仕訳 法定の期限なし。上を片づけてからで間に合います
種類期限遅れるとどうなるか
源泉所得税の納付給与を支払った月の翌月10日
(納期の特例を受けている場合は年2回:1〜6月分が7月10日、7〜12月分が翌年1月20日)
不納付加算税と延滞税。自主的に納付すれば軽減される場合があります
社会保険料の納付当月分を翌月末日延滞金。口座振替なら自動ですが、残高不足に注意
住民税の特別徴収徴収した月の翌月10日
(納期の特例を受けている場合は年2回)
延滞金
取引先への支払各社の支払期日法的な罰則はありませんが、信用に直結します
従業員への給与就業規則で定めた支給日労働基準法上の問題になります
消費税・法人税の中間納付事業年度により異なる延滞税

この表のうち上の3つは、担当者が辞めた月に必ず来ます。給与を支払っている以上、源泉所得税と住民税は毎月発生し、社会保険料も毎月引き落とされます。「記帳が止まっている」ことより先に、ここを確認してください。

納期の特例を受けているかどうかを、まず調べる

源泉所得税には、給与の支給人員が常時10人未満の会社が使える納期の特例という制度があります。これを受けていると納付は年2回になり、毎月ではありません。

問題は、担当者しかどちらか知らないケースです。毎月納付だと思って半年分をまとめて払ってしまう、あるいは特例だと思って毎月の納付を飛ばしてしまう。どちらも起こります。過去の納付書の控えか、税務署に提出した「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」の控えを探してください。見つからなければ、顧問税理士か所轄の税務署に確認するのが確実です。

次にやること:何が、どこまで終わっているかを確かめる

期限のあるものを押さえたら、現状の把握です。引き継ぎ資料がなくても、データを見れば分かることがかなりあります。

  1. 会計ソフトで、どの月まで記帳されているか/試算表を月別に出せば一目で分かります。銀行明細が取り込まれているのに仕訳が未登録のまま溜まっていることもあります
  2. 未払いの請求書がないか/届いている請求書と、支払済みの記録を突き合わせます。紙の請求書がどこに置かれていたかも確認してください
  3. 入金の消し込みがどこまで終わっているか/売掛金の残高に、既に入金済みのものが残っていないか
  4. 従業員の給与データが揃っているか/扶養控除等申告書、住民税の特別徴収税額通知、社会保険の資格取得届の控え
  5. 年末調整・決算の進捗/時期によっては、これが最も重い

「引き継ぎ資料がない=何も分からない」ではありません。会計ソフトと銀行明細を突き合わせれば、業務の実態はかなり復元できます。

そのあとに決めること:採用するか、外に出すか

目の前の火を消したら、次は体制の話になります。選択肢は3つです。

立ち上がりまで年間のコストまた辞めるリスク
採用する採用に1〜3か月
+教育に数か月
年450〜550万円
(賞与・社会保険料の会社負担を含む)
あり。同じことが起きる
社長・総務が兼務するすぐ追加費用はないが、
本業の時間が削られる
外に出す1〜3か月
(引き継ぎと運用設計)
規模による
(当事務所は年179万円〜)
なし

「採用すればすぐ元に戻る」わけではないのが、この局面の難しいところです。求人を出して、面接して、入社してもらい、業務を覚えてもらうまでには数か月かかります。その間、誰かが手を動かさなければなりません。

そして採用した人がまた辞めれば、同じことが起きます。経理は業務が属人化しやすく、ひとりの担当者に集約されているほど、抜けたときの打撃が大きくなります。

外に出す場合、引き継ぎはどう進むのか

当事務所が引き継ぎを受けるときの進め方を書きます。他社に依頼する場合でも、この順序で進むかどうかは判断の材料になるはずです。

  1. 期限の確認/上の表の項目を、まず全部つぶします。ここが最優先です
  2. 会計データの現状把握/freeeの中を見て、どこまで処理されているかを確かめます。未処理の明細、未計上の請求書、消し込み漏れを洗い出します
  3. 入口の設計/請求書の届き先、レシートの渡し方、銀行連携。ここを設計しないと、また同じ属人化が起きます
  4. 遅れの回収/記帳が数か月遅れている場合、どこまで遡って処理するかを決めます。範囲を決めてお引き受けします
  5. 通常運転へ/月次のサイクルに乗せます

初回のご相談から本稼働までは2〜3か月を目安にみてください。ただし1と2は最初の数週間で行いますので、期限のあるものが放置されたままになることはありません。

もう一度同じことが起きないようにする

担当者が辞めて困るのは、その人の頭の中にしか業務がなかったからです。人を替えても、同じ構造なら同じことが起きます。

再発を防ぐには、次の3つが要ります。

  • データが会社に残ること/会計ソフトも証憑も、会社のアカウントの中にあること。担当者の個人環境に置かない
  • 入口が固定されていること/請求書が個人アドレスでなく、決まった場所に届くこと
  • 手順が文書になっていること/「いつも通り」でなく、書かれていること

外に出す場合も同じです。依頼先のシステムにデータを囲い込まれると、今度はその会社が抜けられなくなります。当事務所では、仕訳も証憑も貴社のfreeeアカウントの中に置く設計にしています。データは貴社の資産として残ります。

よくある質問

記帳が半年分たまっています。受けてもらえますか?

お受けしています。まずfreeeの中を拝見して、どこから手をつけるか、どこまで遡るかをご相談します。範囲と費用を決めてから着手しますので、あとから膨らむことはありません。

引き継ぎ資料が何もありません。それでも頼めますか?

問題ありません。会計ソフトと銀行明細、届いている請求書があれば、業務の実態はかなり復元できます。むしろ引き継ぎ資料がない状態でのご相談のほうが多いのが実際です。

まず何を用意すればいいですか?

会計ソフトのアカウント、直近の試算表、給与の支給日と人数。この3つがあれば、初回のご相談で現状の見立てをお伝えできます。揃っていなくても、分かる範囲で構いません。

税務署への届出は必要ですか?

経理担当者が辞めたこと自体で必要な届出はありません。ただし、その方が給与の支払を受けていた従業員である以上、退職に伴う手続き(源泉徴収票の交付、社会保険の資格喪失届、住民税の異動届)は発生します。期限があるものが含まれますのでご注意ください。

まとめ

  1. 最初の1日:アクセス権を確保する。とくに請求書の届き先を確認する
  2. 最初の1週間:源泉所得税・社会保険料・住民税・支払・給与を、期限順に並べる。記帳より先にここ
  3. そのあと:会計ソフトと銀行明細を突き合わせて、どこまで終わっているかを確かめる
  4. 体制の判断:採用は立ち上がりに数か月かかり、また辞めるリスクが残る
  5. 再発防止:データが会社に残ること、入口が固定されていること、手順が文書になっていること

いま止まっているものがあるなら、まず30分お話を聞かせてください。何が期限に間に合っていないか、どこから手をつければいいかを、その場でお伝えします。

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